東京でベイスターズファンのための店をやるということ
「ベイスターズファンのお店が新しくオープンするらしいですよ」
今年の4月27日、そんな話をtvk吉井アナから聞いた。送られてきたURLに目を通すとギョッとした。店の所在地は、東京・大塚となっている。
驚いた。大塚義樹が店をやるのではないだろうかと二度見したがそうではない。店の場所が山手線の極北・大塚なのである。ふるさと神奈川を離れて28年。東京の中でもtvkすら入らないベイスターズ不毛の地にベイスターズファンの店ができる。しかも自宅から自転車で5分の場所だ。なんという僥倖。生きていれば優勝はしなくてもこんなことがある。優勝はしなくても。
しかしよろこびも束の間、一瞬で疑念が湧いてきた。
この地に住むようになってから一度だって町中でベイスターズのユニフォームを見たことがない。以前、那須野巧氏がお好み焼きをやっていた大山の「ひだまり」があった頃も、最後までハッピーロードはナスノロードにはならなかった。
西巣鴨や東池袋にカープやタイガースの店はある。庚申塚のヤクルト弁当屋も相変わらず143試合スワローズ戦を流し続けている。巨人の本拠地はすごそこだ。ベイスターズの店はない。強いて言えば小林公太氏のラーメン屋ぐらいだが、ベイスターズのことはおろか「マシマシ」以外に口を開いたことがない。
なぜベイスターズの店がないのかといえば、ニーズがないからである。この町に住むようになって15年。ご近所さんに、子どもの学校のクラスメートに、その保護者にも、少年野球の関係者にも、いきつけの店の常連にも、ベイスターズファンはただのひとりも会ったことがなかった。
ベイスターズは多摩川の向こうのもの。京浜東北線に一時間揺られて辿り着く聖地。本拠地横浜に行けば、町のあちこちでベイスターズを感じられるのだ。それで十分じゃないか。そんな諦観と共に、しれっと横浜に住んでますという顔でtvkに出ていたわけだが、毎回関内駅でユニフォームを仕舞いながらひとり感じる寂しさがこんな不安を過らせる。大塚でベイスターズファンが集まる店をやるなんて自殺行為ではないのだろうか、と。
吉井さんに教えてもらったXの投稿を見ると、この店のオーナーはセツ子さんという女性だった。見れば、Xでつぶやきはじめたのは今年の2月から。3月に「都内にベイスターズファンの店を作る」と宣言して、同時期にクラウドファンディングをはじめたようだ。そんなの集まるのかよ……と恐る恐る覗いてみると、終了3日前で目標額100万円を達成する直前だった。なぜだ。なぜ、そんなにこの店への期待が高まっているのか。東京の北側にベイスターズファンの店が求められているなんてことがあるのか?
人間が快適に試合を視聴できる限界値ともいえる巨大モニター
5月1日のオープンから数日したある日。お店に行ってみることにした。再開発された北口の駅前商店街を抜けること5分。ありのままの大塚が広がる路地裏の一角にその店「スターエール」はあった。白と青の外観は、一見すればおしゃれなカフェである。しかし、よく見れば電飾のたぬきがいる。

星を応援するでスターエール。ホエールズも入っていて、ベイスターズエールというビールもハマスタにはある。お酒もカフェも若い女性もおじさんも歓迎
扉を開けると、壁一面にベイスターズがいた。
165インチの巨大モニターに先発の深沢鳳介が映し出されていた。デカい。

右下に輝く“DAZN FOR Business”
というか、店の広さに似つかわない大きさである。この店の主役は試合だということが一目でわかる存在感だ。
店内には青いユニフォームを着たファンがいた。本当にいた。しかも満席のようだ。
モニターと逆の壁側に一人掛けの席が打順のように9つ並ぶ。二人掛けの椅子席がひとつと、座敷席が二つ。全部で15席。全員がひとつのモニターを見つめているのだが、前に贅沢な空間が空いている。もっと入れようと思えばできそうなものだが、この空きスペースがあるために全員が快適に試合を視聴できるようだ。

試合開始前。巨大モニターが主役の贅沢な空間
一人席に座って試合を観てみる。この大きさ。スピーカーはフロントにヤマハが2つ、天井にBOSEが5つ配置された音響も含め、”試合を観る”という体験では結構な衝撃だった。奇しくも今年の春にスタジアム横に開業した「THE LIVE」は分割された複数モニターで、圧倒的な映像と音響と光と情報で腹と脳髄に響く前代未聞の試合体験を迫られるが、ここはちょうどいい塩梅というのだろうか。家で見る以上、THE LIVE未満のエレクト具合で、おそらく人間が快適に試合を視聴できる限界値の視聴環境とでもいうのだろうか。ちょっと感動すら覚えた迫力だった。
しかし、そんなステキな視聴環境があったとしても、試合には負ける。巨大な深沢は巨大なまま打ち込まれ、10対0打線も3安打完封見せ場なしのチンチンな負け試合となった。
店の中は試合後のハマスタのように、お通夜である。
ひとり席を立ち、ふたり席を立つ。
果たして、この店は大丈夫なのだろうか。
東京にも複数球団の試合を流すスポーツバーならばある。だが、なぜベイスターズに特化してしまったのか。経営的に考えたら、もっとファンの多い球団なり、メジャーなり、モニターを複数置いて12球団対応のスポーツバーにするのが常道だ。席数わずか15席のベイスターズ特化型スポーツバー。こんな酔狂な店をはじめたセツ子さんは一体何を考えているのだろうか。ボロ負けの後、人の退いた店内でお話を伺った。