大和 野球人生年表

本日5月25日は「新・横浜に入る悦び」で大和さんが来てくれるよろこばしい日です。このよろこびをおすそ分けしたく本日は「野球人生年表」第3弾、大和~大いなる和暦年表~をお送りします。

※この野球人生年表は全6部から構成されています。
1 誕生~樟南高校編
2 阪神タイガース 鳴尾浜の青春編
3 阪神タイガース 便利屋から虎の心臓へ編
4 横浜DeNAベイスターズ 横浜に入る悦び編
5 横浜DeNAベイスターズ 得点圏の鬼編
6 なんでもできるオールマイティ大和編

① 鹿屋の少年、星のきらめきを感じる(1987〜2005)
昭和62年11月5日。生まれは薩摩の国、鹿児島県鹿屋市。陸上自衛隊出身の父と、体育教師の母の間に、次男として生まれた子の名は「大和」と決まった。父の「和」と、5歳上の兄・大輔から「大」を一字。日本が誇る不沈艦の名を冠しながら大艦巨砲主義とは真逆の堅実なプレーヤーとなる。
大和の幼少期、土日になると母が顧問を務める陸上部の練習に連れていかれた。子供の眼の前を、高校生たちが本気で走っていく。大和もつられて走る。走ることへの刺激は、このときに骨の髄まで沁みたが、夢中になったのはサッカーとカズダンス。時おりしもJリーグ元年。ベイスターズという星がカズのいる等々力の下の方に生まれたことを少年は何も知らない。バモラー
兄・大輔の影響で「鹿屋ソフトボールスポーツ少年団」に強制入団。兄の背中を追う、というのはこの後ずっとついて回る。塁間が短く、速い動きが要求されるソフトボールが守備の素地を作った。
中学に上がると、ボーイズリーグ「鹿屋ベイスターズ」入団。星のきらめきを感じずにはいられないが、当の大和はつゆ知らず。ひたすら師匠と向き合った。
大和が師匠と認めた存在ー。それは、近所にあったいびつな形の壁。どこに当てればどう跳ね返るか。捕球の形から、グラブのどこにボールを当て、スローイングへの繋ぎ方まで、ひたすら壁と語り合う。是非孫弟子の牧秀悟にも訪れてほしいものだ。
兄・大輔が樟南高校で春のセンバツに出場しベスト8。2番セカンド。一度でいいから見てみたい、前田ブラザーズの二遊間。大和は応援で人生初の甲子園へ。5年後にここでプレーし、6年後に猛虎魂を感じることになろうとは。
前田大和。寡黙で守備の上手な鹿屋の13歳。つゆほどにも思っていないのであった。